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ふじおか ひろし
藤岡 弘、
本郷猛1.jpg
本名 ふじおか くにひろ
藤岡 邦弘
別名 藤岡 弘(旧芸名)
生年月日 1946年2月19日(75歳)
出生地 日本の旗 日本・愛媛県上浮穴郡
国籍 日本の旗 日本
民族 日本人
身長 180cm
血液型 O型
職業 俳優、国際武道家、声優、
歌手、ナレーター
ジャンル 映画・テレビドラマ・CM
活動期間 1965年 -
活動内容 1965年:俳優デビュー
1971年:『仮面ライダー
1984年:日本人初のSAG入会
2002年:『藤岡弘、探検隊』
2005年:CDアルバムリリース
配偶者 鳥居恵子(1987年 - 1990年)
公式サイト SAMURAI-DO
主な作品
映画
『野獣狩り』『日本沈没』
『エスパイ』『東京湾炎上』
『大空のサムライ』『SFソードキル』

テレビドラマ
仮面ライダー』『白い牙』
『特捜最前線』『汽笛が響く!』
『草燃える』『あすか』

備考
『グローバルレインボーシップ』理事
『全米映画俳優組合』会員

藤岡 弘、(ふじおか ひろし、1946年2月19日 - )は、日本の俳優・タレント・国際武道家。本名:藤岡 邦弘(ふじおか くにひろ)、旧芸名:藤岡 弘(最後の「、」がない)。

愛媛県上浮穴郡久万町]](現:久万高原町)出身。三貴プロダクション所属。身長180cm、体重79kg(『仮面ライダー』出演当時は約67kg)、血液型はO型。

エピソード[]

『仮面ライダー』関連[]

また、藤岡は恒常的に変身後の仮面ライダーに入り、トランポリンを使用したアクションを含めオートバイで階段を登るアクション等もこなしており、当初のレザー(鹿皮)によるライダースーツは仮面の覗き穴の問題で前は充分に見えず、勘だけを頼りに撮影をすることも多かった。

レザースーツのため動きにくいと言う代物を、毎回現場で改善しながら撮影しており、彼自身が「ヒーローのスーツはどうあるべきかの実験台になった」と言う側面もあったそうである。視界の悪い被り物を着けてのこのアクションでは、武道の心得のある藤岡の突きや蹴りが、ショッカー役の大野剣友会の俳優たちにモロに入り、歯を折ってしまったりすることもあったそうだが、彼らは笑って許してくれたという。藤岡は彼らのアクション魂に深く感じ入ることも多く、のちのハリウッドでの映画出演の際にも彼らを招こうとしたが、アメリカの組合問題などもあって果たせなかったと語っている。後述の事故の影響から以降仮面ライダーシリーズのレギュラー出演者は一時的にライダーに入ることはあっても恒常的に入ることは一部の例外を除いて無くなった[1]

こうして心機一転取り組んだ『仮面ライダー』だが、放送もまだ開始されていない時期に、単車に乗っての撮影中にスピードオーバーが原因でカーブを曲がりきれず、電柱支持ワイヤーに突っ込み、左大腿部を複雑骨折する事故を起こし、長らくこの番組を休むこととなってしまう。また、これ以降は同じ事態を回避するため、それまでも藤岡と一緒にライダーを演じていた大野剣友会岡田勝らスタントマンが起用されるようになった。武道の心得のある藤岡は、事故直後に反対側を向いている自分の脚を見て、咄嗟に位置を戻し、そのあと気を失ったそうである。後にこのときの事故の瞬間のラッシュ・フィルムを見せて欲しいとスタッフに頼んだが、絶対に見せてくれなかったという。

番組の存続に関わる一大事に、普通なら完全降板となるところで、緊急企画会議では毎日放送側からは本郷猛を死亡させる案も出た。しかし、東映プロデューサーの平山亨は「子供達のオールマイティーの夢を壊すことは出来ない」としてこれに強硬に反対、代わりに2号ライダーのアイデアを取りまとめ番組を継続したと言う。やがて傷も癒えた彼は、子供達の大喝采の中、翌年春に番組に復帰、番組も社会現象となるほどの大ヒット作となった。藤岡もこのことを述懐して、平山Pを恩人として敬意を表している。また、「この事故で自省したことで今の自分がある。事故がなければ自分は、アクションができるということを鼻にかけ、もっと嫌な人間になっていたかもしれない」とも振り返っている。

『仮面ライダー』での復帰は、1971年末の九州・桜島、阿蘇山でのロケからとなるが、骨折箇所には固定用のボルトが入っており、それを絆創膏と包帯で抑えた状態だった。主治医からは、「今ロケに行くなんてとんでもない、下手をすると、一生歩けなくなるかもしれない」と猛反対されたが、藤岡はこの舞台を用意してくれたスタッフのために、それでもかまわないとロケを強行。撮影時には、ボルトの部分から血が滲んでいたという。無事ロケを終えたあとに、主治医に言われた「大丈夫です。脚は異常ありません」との言葉は、一生忘れられないとのことである。回復後の左足はわずかに長くなってしまい、長年の「腰痛の元になってしまった」と自伝にて述べている。

こうしたアクシデントを乗り越えて、『仮面ライダー』で全国的知名度が上がったものの、あまりの人気ぶりに、当初は自分自身がそのイメージで固定されてしまうのを藤岡が怖れたほどだった。後続の仮面ライダーシリーズでは、本郷猛役での客演が実は少ない[2]

1975年頃の『アップダウンクイズ』において、シルエットクイズのゲストとして出演した際に、トークの場面で司会者の小池清に「変身ポーズをやって見せてくれませんか?」とリクエストされたが、照れ笑いをしつつ「忘れました」と答えてやんわりと拒否したこともあった。ただ、本人は自分の役者としての飛躍があの作品をきっかけにしたものであったことは当時から忘れておらず、俳優として地歩を築くことに成功した現在では、「『仮面ライダー』は僕の青春でした」と語り、ゲームなどでも本郷猛を演じている。また、「自分の代わりに怪我をしてくれたアクションチームの裏方のみんなを差し置いて、ヒーロー役だったということで今さら自分だけが表に出るわけにはいかないと思った」とものちに語っている。

1995年11月、愛媛県久万町で新たな2つの小惑星が発見され、2000年3月にそれぞれ「Fujioka(藤岡)」「Kamenrider(仮面ライダー)」と名付けられた。これは、藤岡が久万町出身であることと、『仮面ライダー』にちなんだもので、小惑星に漫画のキャラクターの名前が付けられたのはこれが初めてであった[3]

2001年、『劇場版 仮面ライダーアギト PROJECT G4』では直接に本郷猛役と明示はないものの警視総監役で出演し、主人公達に「現在の俺に出来ないことを君達がやってくれ」と激励するという、初代仮面ライダーからのメッセージとも取れるシーンで話題となった。

2011年4月1日公開の『オーズ・電王・オールライダー レッツゴー仮面ライダー』で仮面ライダー1号の声を担当することが発表された。声のみとはいえ映像作品で1号を演じるのはストロンガーの特番以来35年ぶりとなった。

タイでは仮面ライダー1号が有名で藤岡のことを『赤アリ野郎』と呼ばれている。

出演[]

映画[]

テレビドラマ[]


声の出演[]

脚注[]

  1. 仮面ライダーV3』のライダーマンは、危険なアクションを伴うシーンを除いて、素顔を演じた山口暁が変身後も恒常的に演じていた。
  2. 声のみの出演は『仮面ライダーV3』22話、『仮面ライダーX』劇場版及び『仮面ライダーストロンガー』38話、顔出し出演は『仮面ライダーV3』1・2・33・34話と『仮面ライダーストロンガー』の最終39話及び正月特番だけである。『仮面ライダー (スカイライダー)』、『劇場版仮面ライダースーパー1』、『仮面ライダーZX』、『仮面ライダーBLACK RX』、『劇場版 仮面ライダーディケイド オールライダー対大ショッカー』にも仮面ライダー1号が登場しているが、藤岡自身は出演しておらず、素顔の本郷猛としての登場シーンはない。仮面ライダー1号の声も別人が担当した。
  3. 小惑星を「仮面ライダー」「藤岡」と命名

外部リンク[]

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