仮面ライダー Wiki
Advertisement
むらかみ ひろあき
村上 弘明
Replace this image JA.svg
本名 同じ
生年月日 1956年12月22日(64歳)
出生地 日本の旗 日本・岩手県陸前高田市
民族 日本人
身長 185cm
血液型 A型
職業 俳優
ジャンル 映画、テレビドラマ、舞台
活動期間 1979年 -
活動内容 1979年:俳優デビュー
1979年:『仮面ライダー (スカイライダー)
1985年:『必殺シリーズ』
配偶者 田島都(元モデル)
公式サイト オスカー村上弘明
主な作品
映画
『極道の妻たち2』
『ジュリエット・ゲーム』
『アイアン・メイズ』
『渋谷物語』

テレビドラマ
仮面ライダー (スカイライダー)
『必殺仕事人V』
『都の風』
『武田信玄』
『腕におぼえあり』
『八丁堀の七人』
『銭形平次』
『津軽海峡ミステリー航路』

村上 弘明(むらかみ ひろあき、1956年12月22日 - )は、日本の俳優。本名同じ。

岩手県陸前高田市出身。オスカープロモーション所属(元オフィス佐々木所属)。身長185cm、体重73kg、血液型はA型。スリーサイズはB100-W80-H100cm。宮城県気仙沼高等学校卒業、法政大学法学部政治学科中退。妻は元モデルの田島都。4子あり。

略歴[]

1979年、友人の誘いで受けた『仮面ライダー (スカイライダー)』の主演オーディションに応募し、3,786人の候補者から選出され、筑波洋 / スカイライダー役で俳優デビュー。このときに大学を中退してしまい、しばらく両親には内緒にしていたという。

エピソード[]

  • 『スカイライダー』でデビューした当時、お金が無かったため、アクションチーム大野剣友会のネオショッカー役の俳優達に朝ご飯をいつもおごってもらっていた。当時の所属事務所は出演の歩合制ではなく固定給であった為、大学の学業の傍らにやっているアルバイトほどの給料しかなかったので、生活も苦しかったという。
  • 『スカイライダー』オーディション時、バイクの免許を持っておらず、気合で運転したところ、ブレーキ操作が出来ず来賓席のしかも原作者・石森の正面に突っ込み、流石に石森も恐怖のあまり顔が引きつっていたという。この珍エピソードがきっかけでライダーブレイクが生まれたのではないかとさえ言われている。
    • その後、バイクの練習を重ね放送中に免許を取得。本人によるとさらに努力してウイリー・ジャンプ・アクセルターンなども使えるようになり制作サイドに「是非やらせて欲しい」と言ったところ、「ケガされては困る」と却下されたという(東映ヒーローMAXのインタビューより)。
    • その他『徹子の部屋』にゲスト出演し『スカイライダー』話題で当時は本郷役の藤岡氏などがスーツを着てアクションをやっていたので自分も!と思い、マスクをかぶってライダーを演じたが、監督から「ライダーのアクションが悪い」と怒られた事や、アクションが難しかったが、今なら中身(スーツアクターのこと)も出来ると語っていた。ちなみに『必殺仕事人V』24話の殺陣において、政が前方宙返りをしているが吹き替えではなく、紛れもなく村上本人が行っている姿が確認できる。
  • テレビシリーズ『仮面ライダー (スカイライダー)』で主人公の番組終了後、スカイライダーは『劇場版仮面ライダースーパー1』『仮面ライダーZX』、『仮面ライダーBLACK RX』に登場したが村上が筑波洋として出演することは無かった。これは当時所属していた事務所の方針で、仮面ライダーに関連する取材などを控えており、基本的に仮面ライダーについて語ること自体も事実上のタブーにされていたという事情があった。
  • また、仮面ライダーでデビューしたことを本意で無いように語ったこともあり、特撮嫌いではないかとも噂された。実際には普通の現代劇、特に『太陽にほえろ!』 などに代表される刑事ドラマに憧れていたということであり、特撮だけが特に嫌いなわけではなく、時代劇も敬遠していた。『必殺シリーズ』に出演依頼をされた時には、「ちょんまげは結わなくてもいいから」という条件を出されて説得されたという。もっとも、『仮面ライダー(スカイライダー)』の撮影の際には、様々な事情から主役交代が検討されるなど、辛い思い出が多かったのは事実らしい。懐かしい思い出として語るようになるのは、かなり後年になってのことである。ただ、いずれにせよ、事務所の方針の為に長らく『仮面ライダー』を意図的に避けざるを得なかった結果、「村上弘明にとって仮面ライダーへの出演は抹消したい黒歴史」などという誤解や風評が長年にわたり各所で発生する状況になっていた。実際には関連書籍のインタビューに応じたこともあり、映画『ジュリエット・ゲーム』では、劇中でスカイライダーの変身ポーズを行っている。
  • 1996年、NHKのドラマ出演もあって「スタジオパーク」に出演した時は、ファンと電話がつながり「変身ポーズをお願いします」と言われ「1回しかやらないから、よく見とけよ!」といって変身ポーズを披露した。事務所を移籍した今では、仮面ライダーに関して語る機会も増えている(現在は「自分の子供が『お父さんは仮面ライダーなんだ』『お父さん、改造人間なの? ここで変身できるの?』などと、憧れの眼差しで見てくれるのが嬉しい」と言う旨の発言をしている)。また、ある時、仕事で『仮面ライダーZX』の菅田俊と一緒にいた時に携帯へ子供から電話がかかってきたらしく、「今ZX(ゼクロス)と一緒にいるんだよ」と自慢していたこともあったという。

出演[]

映画[]

タイトル 公開年 役名 配給 備考
仮面ライダー 8人ライダーVS銀河王 1980年 筑波洋 / スカイライダー(声) 東映 主演

テレビドラマ[]

タイトル 放映年 役名 放映局 備考
仮面ライダー (新) 1979年10月 - 1980年10月 筑波洋 / スカイライダー(声) 毎日放送 主演

外部リンク[]

テンプレート:オスカープロモーション

Smallwikipedialogo.png このページには、クリエイティブ・コモンズでライセンスされたウィキペディアの記事が使用され、それをもとに編集がなされています。使用された記事は村上弘明にあり、その著作権者のリストはページの履歴に記録されています。
Advertisement